相馬に小さな作業所ができた訳 | いのちと生活を支えるえんがわピープルの物語

相馬に小さな作業所ができた訳

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いぶきからのコメント

2022年10月、いぶきの若いスタッフとともに岩手県陸前高田市を訪ねました。もう11年。まだ11年。簡単に言葉にできない思いがめぐります。震災直後、全国の障害者施設の職員が被災地の障害のある人の支援にかけつけました。福島県南相馬市と縁のあった人たちが、今でも口を揃えてまた会いたいという方が佐藤さん、いえ「サダヒロさん!」です。いま佐藤さんの工房もくもく、同じくライターをお願いした池永さんのいる工房まる、それからいぶきとをオンラインでつないで月に1度おしゃべり会を開いています。そうしたくなるような気持ち伝われば幸いです。

はじめまして。工房もくもくの佐藤です。福島県相馬市にある就労系の福祉事業所で働いていますが、相馬市と言っても、知らない人が多いかもしれませんね。福島第一原発事故でよく報道された南相馬市の隣の市です。 

東日本大震災のあった11年前、南相馬の福祉作業所に勤めていました。ほとんどの市民が避難し、事業所もすべて閉鎖されました。私が自宅で待機していた時、津波で被災した人の救助と遺体捜査のため、自衛隊、警察、消防、そして近所の男たちが構成している消防団が、被災した海岸部に入っていきました。自分がこの町でできることは何か?故郷である福島や相馬を強く意識するようになりました。 

私にはダウン症の娘がいて、親の会を作り活動してきましたが、社会人になる年齢となり、原発事故が落ち着いたこともあり、工房もくもくを立ち上げました。相馬市は社会資源が少ない上、福祉人材が相馬市から流出し、行政も障がい者福祉に協力的ではなかったのです。「自分でやるしかない」と決意しました。 

福祉施設に勤める職員、障がい者の親、支援学校の教師など有志を集い、「相馬に新しい福祉拠点を作る会」という名前のプロジェクトチームを作り、NPOを作り、1年かけて事業をスタートさせました。基本的に「協力するよ」という気持ちを持ったスタッフや生産活動を支えるボランティアさんが活動を支えています。

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実は、もくもくが出来てから、3年後の2019年、床上1mの水害を2度、経験しました。利用者に頻繁にてんかん発作で倒れる人や車椅子の利用者もいて、高台に移転しました。さらに一昨年、昨年と震度7クラスの地震が発生。揺れは東日本大震災より大きく、市内に大きな被害があり、今も復旧していない状況ですが、工房もくもくの建物に被害はありませんでした。

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大きな災害を経験して、障がい者の仲間の命を守るには、地域のつながりが大事だなっていうことで、月に一度、マルシェを開いて地域との交流事業を開いています。普段から近隣の住民と顔の見える関係を作っていけば、避難所としても活用してもらえばいいし、こちらも困った時にSOSが出せる。これからも、障がいのある人たちと一緒に、楽しい街づくりをしていければいいかなぁと思っています。 

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この記事を書いた人

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佐藤定広

さとう さだひろ
工房もくもく/所長
大学ではデザインを学び、建築の仕事に就く。ダウン症の子を授かり、福祉の仕事に転職。南相馬にある「自立研修所えんどう豆」所長の時に、東日本大震災を経験する。他の事業所と連携しバッジを作るプロジェクト「南相馬ファクトリー」の世話人となる。
2016年相馬市に「工房もくもく」を開設する。南相馬での「とっておきの音楽祭」や「みんなのしあわせ音楽会」など、障がい者の表現活動を行ってきた。

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