2025.01.06
えんがわのある「日光町の家」は、開かれた地域のランドマークに【北川コラム Vol.6】
2024年7月に、社会福祉法人いぶき福祉会は30周年を迎えました。これを機に、25年程前からいぶきを知る北川が、コラムをはじめてみようと思います。30周年を迎えるにあたってのおもいとは? つくりたい未来とは? 大切にしたい考え方とは? いろいろな角度から語っていきます。
第6回は、「日光町の家」について。8年越しで実現しつつある、開かれた地域づくりの挑戦についてです。
- 執筆:
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北川雄史
2024年、「日光町の家」に「ほとり」という対話と協働の場が誕生
2024年7月、「日光町の家」と呼んでいる空間に、「ほとり」がオープンしました。「ほとり」は、岐阜駅に構えていた「ねこの約束」というショップをクローズして以来求めていた、僕たちの第2章。今度は、ただモノを売るだけのショップではなく、人が集い、対話と協働が生まれる開かれた場所として、検討を重ねてきました。仲間がショップに店番として立てたり、駅ビルのルールに縛られずに僕たちのペースでゆっくり関係をいとなめるようにと、満を持して再オープンしたショップ空間です。
おかげさまで、たくさんの方々にいらしていただいています。今までとはまた違う賑わいが、生まれはじめました。ただ、どうしても、木曜、金曜、ときどき土曜というオープン日のため、まだ足を運べていない親御さんたちもいらっしゃいます。
そこで今回は、2025年のはじめのコラムということで、今もっともホットな日光町のはじまりについて、そして、この空間がどんな考えのもとにつくられてきたのか、共有してみたいと思います。
えんがわのある古めかしい家との出会いは、今から8年前のこと
僕らがこの「日光町の家」と出会ったのは、2016年のことでした。当時ショッピングモールで開催されていたバザーにいぶきが参加していた時、西浦さんというおじさんに出会いました。西浦さんが、ぜひいぶきさんに見てほしい家があると、話を持ちかけてきたのです。バザーから戻ったスタッフから話を聞き、それなら一度見に行ってみるかと、法人本部のあるビルからほど近いその家を、見に出かけました。
到着して、外から見たときの感触は実のところ、これはないな、でした。 ブロック塀が家を覆い、うっそうとしげった木々と池があって、建物が見えないほどでした。しかし、いざ家の中に足を踏み入れると、そこは魅力的な空間だったのです。一間(いっけん)ですから、180センチの横幅の広い廊下があって、ここなら仲間たちも歩きやすい。そして、この家には“えんがわ”がありました。
いぶきのそのほかの建物は鉄筋コンクリートでできていました。すべての建物に門がないことは特徴としてあるものの、建物自体は閉じた空間です。一方で、えんがわは、外と中を結ぶちょうど“あいだ”にあたる場所です。このえんがわのある家がすてきだなと思ったのです。閉じすぎず、外にも開かれた、えんがわのある作業所をつくりたいと思ったことが、プロジェクトを進める決め手となりました。2016年7月のことでした。
当時からあがっていた、ショップ構想とガーデン構想
その後、すぐにプロジェクトが発足します。見せてもらった家の隣にあった家も同時に借りることにし、日光町の工事がはじまりました。影をつくり出していた木々をなくし、丹念に池を埋めて、家の前にはなにも隔たりがない空間をなんとかつくりあげました。そのとき、家の前に、素敵な庭をつくれたらいいなと発想したのですが、当時はそこまでの余裕はなく、手がけられませんでした。それで砂利を敷き詰める処理をすることにし、同じ年の11月に工事を終えると、2017年から隣に並んだ2つの「日光町の家」を借りることになりました。
2016年の時点で描いた図面がいまも残っています。ご覧いただくと分かるのですが、家の真ん中にはセントラルパークがあり、ショップもすでに描かれています。今までの年月は、それらを実現するプロセスでした。ゆっくり歩みながら、いまも、着実に「開かれた日光町の家」、そして「開かれた地域」を実現しようとしています。
仲間が地域でかけがえのない存在となるための“開かれたいぶき”
話はずいぶんとさかのぼるのですが、いぶき福祉会は、もともと、親御さんが募金や社会運動をして作ってきた施設です。30年前には特別支援学校を卒業した障害のある人が通える場所が十分ではなくて、そんなわが子の行き場を作ろうと生まれた場所で、そんな親の想いに共感した人が一緒にサポートし、活動してできた団体です。ですから、親御さんの声が強く反映される面があり、非常に常識的なケアをしてきました。親御さんや職員の常識の範囲内で仲間の仕事をつくったり、給与をもらったりすることにとどまっていたとも言えます。
その一方で、僕が仕事を通して目指してきたのは、仲間が地域のなかでかけがえのない存在になるために、どうするかということでした。例えば、いぶきさんのおかげでこれができたよ、仲間たちのおかげでおいしい思いができたね、と言ってもらえる存在になっていこう、ということが、僕自身のビジョンでした。ですので、大切に面倒を見てくれればよい、親の心配をなくしてくれれば助かる、という親御さんの願いとは、少し違う観点も持っていました。仲間を、面倒を見てもらう側の人ではなく、地域のなかでかけがえのない存在の人にしていくという方向性がありました。
ともすると、施設の中だけでのんびりすごして、お出かけして楽しい時間を過ごして帰ってくることだけでもよいわけです。ボランティアさんがきてくれて、いぶきの中だけでケアが完結してしまう。今も、多くの福祉施設がそうだと思います。
しかし、それでは、地域の中で必要不可欠な人になってはいきません。あなたのおかげだ、というところになっていかない。そこでそうなるためには、地域との日常的な関わりが生まれて、来てもらえる場になったり、あこがれられる場になりたかったんです。
しかし、普通は関係者でもなければ、福祉の現場に来る理由がないですよね。岐阜の駅ビルでお店を構えて運営していましたが、そこもちょこっと何かを買いに立ち寄る程度のお店でした。施設の建物にも、駅ビルのショップにも、“見えない壁”を感じていたのでした。そうではなくて、いぶきを誰もが訪れてもいい場所にするために、閉じ切っていない、中でも外でもない中間のエリアが必要だと考えていました。
そして、仲間たちが、ひとつでも何かできるようになったり、楽しく過ごしたりすることが、閉じた施設の中だけで行われるのではなく、社会との中間にある空間で行われるということが実現したかったのだと思います。
価値や意図をもって場をつくることの重要性:「日光町の家」の意図とは?
世の中の福祉現場では、施設でカフェを併設したり、レストランを併設したりする取り組みがあります。この場合、場所としては中間のものができているように見えます。でも、そこに集っているのはお客さんと店員だけだったりして、外から見たら普通のお店と変わりがなく(変わりないことがよいことだと考え)、地域の中で新しい関係が生まれる場所ではなかったりします。障害のある人たちは接客経験ができるかもしれませんが、そこから何か対話や協働が生まれるかというと、どうでしょうか? 場をつくるときに、どんな価値観や意図をもってつくるかということがとても大事だと考えています。
日光町の家は、「対話と協働が生まれる、開かれた空間」という考え方を大事に、これを実現しようと、8年をかけて育てられてきました。実は、2016年ごろから、僕自身がこれからのプロジェクトの考え方を学ぶ中で、“開かれる”ことの重要性や価値に気づきました。それ以来、ここでは、自然と開かれて、地域に溶け込む仲間の姿と価値が感じられるように、活動を行っています。
まだ親御さんや地域の方、クラウド・ファンディングでサポートしてくださった皆さんに、これまでに語ってきたような、この空間をつくっている意図を、僕自身、十分に話せていないんです。芝生できれいになったね、ぐらいだと思っていらっしゃるかもしれませんが、これからです。
ますます様々な方たちが参加し、関与していただけるように、エンゲイジメント*をつくっていくところです。
昨年、30周年を機に、「ケアを文化に」というミッションをつくりました。いま、この日光町の家には、近隣の子供たちが遊びに来るようになって、ご高齢の方々が散歩がてらに花壇の花をめでる場所になっています。介護という狭い意味でのケアでなく、お互いにありがとうといいあえるような日常からのケアを、地域の文化にできるようにと考えています。
次回は、2016年から取り組んできた、さらに具体的な活動のプロセスを、綴ってみたいと思っています。それは、いろいろなアクターたちと協働してきたプロセスでもあります。
2025年、砂利が芝生にかわって、すっかり整って新しくなった「日光町の家」、そして「ほとり」に、いらしていただけることをお待ちしています。
*仲間とは: いぶき福祉会では利用者の方々を「仲間」と呼んでいます。
詳しくは【北川コラムVol.1】へ。
*エンゲイジメント:参加・関与してもらう状況をつくること
【アーカイブ】
北川コラムVol.1 1995年。いぶきのはじまり、僕の節目
北川コラムVol.2 「対話し、協働できる社会」をつくる30周年記念事業を
北川コラムVol.3 「いぶき ふれあいまつり」が、コロナ禍を経て地域といぶきに残したもの
北川コラムVol.4 新ショップ「ねこの約束 第2章」をはじめるワケ ─対話を重ねて、協働が生まれる場をつくる─
北川コラムVol.5 “関係づくり”を重視して生まれた「共感会員」の新制度
北川コラムVol.6 えんがわのある「日光町の家」は、開かれた地域のランドマークに (現在の記事)
いぶきからのコメント
あけましておめでとうございます。こうして穏やかに皆さまと新しい年を迎えられることを何よりありがたく思っております。今年も、いぶきで障害のある人の個別支援を大切にしながら、同時にここに集う人たちの活動を通じて協働する社会をつくり、ケアを文化にしていきたいと思っています。健やかで、おおらかな、お互いを大切にしあえて、なおかつクリエイティブな(欲張りですか?)一年に!ご一緒いただければ幸いです。本年もどうぞよろしくお願いいたします。(北川雄史)