2022.11.12
初めまして のストーリー
- 執筆:
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加藤亮太
今回、北川さんからお声かけをいただき、
「加藤君にライターになって欲しい」と初めて声をかけてもらった時には、 いぶきをやめた僕は何を書けばいいのだろう・・・と悩んでいました。
ライターなんかしたことないし、書いた事があるのは、手帳に書いていた日記だけ…
それでも、お断りせずに、書きたい!と行き着いたのは、
やはりいぶきで始めることになった農に関わることで僕の人生が大きく変わったことに感謝している思いが溢れてくるからでした。
僕の人生はいぶきとともにあると言っても過言ではなく、 新卒でいぶきに入社して、その後同期入社の妻と結婚し、その後9年間もいぶきでお世話になりました。
様々な苦労もありましたが、この積み重ねがあったからこそ、自分にとって福祉に関わる事が自分の人生において大きな意味があったのだと感じています。
そんな前置きもさておき。
僕は3年間、第2いぶきこらぼで勤務しその後島にあるいぶきに転属しました。
放課後デイサービス、そして生活介護事業所で仕事をする中で、自分の価値感を揺さぶられたことが多くありました。
そんなことを少しずつ紹介させていただき、いぶきで感じていたことや、忘れられない大切に心の中にしまい込んでいる宝石のような思いをつらつらと書いていければ、自分自身も嬉しいなと思っています。
いぶきで勤務して4年目、妻と結婚して1年目(!)2014年にさまざまなご縁が繋がり、いぶきで畑を借りることになりました。
ここに至るまでは、また機会があれば、書いていきたいのですが・・・始めるにあたって、僕が一番に思っていたことは「誇りある仕事がしたい!」の一点でした。
いぶきは、それまで、給料を稼ぐために、プラバックの製造や下請け作業をしていました。
しかしながら、僕自身はあまり手先も器用ではありませんでした。
10年以上も袋の仕事をしている仲間たちに、こんな手先も不器用で大雑把な自分自身が細かな仕事の指導をしているというなんだか本末転倒な事が起き、自分でも大混乱していました。
「こんなペーペーの自分が年上の、何十年も下請けの仕事をしている仲間達に何を支援できるのであろうか…」
障害特性故に、机に座って集中して仕事ができない仲間、僕のようにあまり手先が器用でない仲間に細かな仕事を要求し、多動のこだわりのある仲間に、何度も何度も、机に座りましょうと声を掛ける時間…
今だから言えますが、自分自身はこの時に、友達や知り合いに自分の仕事を自信を持って紹介できない日々を過ごしていました。
下請け仕事や地道な活動がいぶきの礎にあることにも気づかず、僕がここにいて不満を持っていること。
今思えば、本当に浅はかだったと思います。
しかし当時は、仲間たちのことは大好きなのに、仕事というフィルターがかかった瞬間に
「できない誰か」「怒られて、指導される誰か」が現れる悶々とした日々。
生きてるだけで素晴らしいのに、なにが起こっているのか。
「胸を張っていぶきで、大好きな仲間達とこんな仕事をしています!!!」と言える仕事がしたいと強く強く思っていました。そして、僕は農、そして自然栽培と出会うのでした。
初めての作業の日の写真です
いぶきからのコメント
退職していぶき在職中に出会った農業を自分でもっと頑張ってみたいと熱く語る加藤さんの眼の奥には、仲間たちと離れることへの寂しさが溢れていました。それから3年。時折り伝え聞く加藤さんの石徹白の地での暮らしが、いぶきの未来の物語に大切なことを伝えてくれるような気がして、寄稿をお願いしました。ずっと仲間たちのことを大切に思い、一緒に悩んでくれる方。お人柄、みなさんに伝わると確信しています。