誰もひとりでは生きていけない 親なき後をつなぐバトン 〜 Interview.006 | いのちと生活を支えるえんがわピープルの物語

誰もひとりでは生きていけない 親なき後をつなぐバトン 〜 Interview.006

インタビュー第6回目は、事業部長の池田光巳さん。
池田さんはご自身も障害を持つ子の親であり
親なきあとの問題の当事者でもあります。
いぶきで働き始める前からこの問題に気がつき、
社会を変えることに挑んできた池田さんの思いを語っていただきました。

 

聴き手・文:篠田花子(ヒトノネ)

 

15年前のスクールバスの待合で

娘が小学生になった頃、特別支援学校のスクールバスを待っているときに、他の保護者の方たちが「この子より長生きしなきゃね」って口を揃えて話をしていたんです。普通ならば、「子どもが社会人になるまでは」とか「子どもが二十歳になるまでは」とか「働き始めたら自立して頑張ってほしい」という場面なのに、障害をもつ子どもの親であることで将来をずっと心配しつづけなければならない。子どもの死を見届けなければ安心して死ねないなんておかしいんじゃないかと感じました。僕は娘に障害があるということが分かってからというもの、「僕がいなくなる頃までに、娘が安心して暮らしていける社会に自分で変えていこう」と心に決めていました。なので、あまり親がいなくなった後の問題に不安を持っていなかったのですが、言われてみればこれは大変な問題だなと気がついたのです。

僕にとって、親なき後の問題は自分ごとでもあるし、支援者として仲間やその親さんのことを思うと、やっぱり今立ち向かっておかないといけない問題です。親なき後の話をすると先ずは暮らしの話が出てきます。自分たちがいなくなった後に誰とどこで暮らしていけば良いのか。この子にどのくらいの財産を残しておけば不自由なく暮らしていけるのか。そもそもお金の管理は誰に託せば良いのか。心配事を挙げ始めると切りがありません。兄弟がいるいないでも状況が変わります。兄弟がいない一人っ子の場合、親なき後の問題は更に深刻です。いぶきの仲間の親さんは、いぶきに厚い信頼をもっていただいていて、新しいグループホームができたらお願いしたいと言われるし、財産の問題や成年後見人も本当は全ていぶきでお願いしたいという声も多いです。知った顔の人に子どもを託したいというのは親であれば当然の願いでしょう。

また、兄弟がいる方は兄弟にはあまり負担をかけたくないという思いもあります。僕自身も子どもは3人いますが、障害をもつ長女が自身でなんとかやっていければ、弟や妹は自分の人生を歩んでいける。できる限り他の子どもたちの重荷にはしたくない。なので、そんなふうに託せるところがあればという気持ちはとてもよく分かります。そういう意味では、相談支援の延長で、ライフサポーターのような形で親なき後の法的な問題なども一括りで本人を支援できるような体制があるのが理想です。そういうものが制度として今後は整備されていくといいのかもしれません。制度ができていくためにはみんなが声を上げていかないと、社会としては何も変わりません。

また、親なき後の問題は、いぶきの中でも僕らのような50代の管理職だけでなく、これから仲間と共に成長していく20〜30代の若いスタッフたちが抱えていく問題でもあります。この先仲間を支えていくことになる彼らにこそ、親の願いを知って欲しいので、相談員とともにエンディングノートのプロジェクトに携わり、親の願いや仲間本人のことを改めて知る機会にしたいと思っています。

良くも悪くも、必ず変化するからこそ

どんな子育ても同じだと思いますが、子どもの年齢や家族のライフステージごとに悩みは変化していきます。たとえば学童期には障害をもつ子どもが放課後に行く場所に困る、とか、学校を卒業して青年期には卒業後の行先であり、壮年期になった頃にはグループホームを含めた生活の場所をどうしようかと考えます。グループホームに入ったあとは、親なき後の問題をどうするか。仲間の成長に合わせてその都度、解決策を一緒に考えていき、それによってもっと暮らしやすい社会ができていく。それをいぶきは実現してきたと思うし、障害のある人たちが暮らしやすい社会になれば、本人・親や兄弟だけでなくみんなが暮らしやすい社会になるはずだから、という気持ちひとつで僕はこの仕事をしています。

娘が生まれた頃から考えても、障害のある人を取り巻く環境は変化しています。いぶきができたときは作業所もなかったし、その前には特別支援学校さえなかった時代もある。その時代ごとに、今ある問題に対して解決策を考えて頑張って声を上げてきた人たちがいて、それで社会の潮目が変わり、法律ができて、社会全体が変わっていく。こんなふうに、未来は今のままじゃない、絶対に変えられると信じています。だからこそ、今目の前にある課題に対して、もっと暮らしやすい社会にしていこうよと声をあげることが大事で、今障害福祉に携わっている僕らの役目だろうと思っています。

障害のあるなしだけにかかわらず、ニートや引きこもりの問題の先にも、今回の親なき後の問題は必ず関わってきます。もちろん、公的な支援が入るようになるのが一番良い解決策ではあるものの、まず直面している課題を社会の困りごととして広くいろいろな人に知ってほしいと思います。社会全体で考えて、10年、15年先には変わっている社会であってほしいですね。

 

語り手プロフィール|池田光巳さん 
三重県出身。2000年に生まれた長女に障害があることが分かり、まったく未経験であった福祉の世界へ入る。2009年に41歳でいぶきへ入職。事業部長としていぶきを率いると同時に、相談支援専門員として親と本人のさまざまな事情にも精通する。緩やかに、でもいぶきから社会を変えていく、と進み続ける人。

この記事を書いた人

誰もひとりでは生きていけない 親なき後をつなぐバトン 〜 Interview.006 | いのちと生活を支える

篠田花子

しのだ はなこ
一般社団法人ヒトノネ代表理事。
探究型学童保育ヒトノネと放課後等デイサービスみちな、不登校支援Imaruを運営。ときどきライター。岐阜市在住、3児の母。趣味は音楽鑑賞、いい建築めぐり、畑、美味しいものとお酒。
ヒトノネのHP https://hitonone.com/

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